介護保険制度を利用している家庭だとわかると思いますが、介護保険の制度が改訂されました。
そのため、私の家でもそれ向けて家族構成を変えました。
というより、永続的に今までの介護制度を利用するために、家族構成を変える以外の選択肢が取れなかった。
その体験談をもとに書いていこうと思います。
昨年、ケアマネージャーから介護保険を受けている母に
「同居の方がいる以上、このままでは、今までの介護サービスが使えません」
「お一人で暮らしているなら今の介護サービスがそのまま使えます」と、言われたそうです。
それを聞いて母と私は、かなりショックを受けました。
私は、結婚して家を出ていましたが、父と母がともに住んでいていたので、母を動かすことが出来ないとなると、父をどこかに移住させないといけない事態になったからです。
というのも、父は母を介護をしたことが無く私が居たときは私が行い介護サービスを受けるようになってからは、介護サービスに頼りきりだったからです。
そのため、介護サービスが減らされると母が生活できなる事態になったからです。
母の病気は、今から20年位前に発病した後縦靭帯骨化症です。
首筋の骨が成長して背骨の中の神経を圧迫して、手足のまひなどを引き起こし、少しの衝撃が身体に加わるだけで激痛が走る病気です。
神経を圧迫している首の骨を切って隙間を広げチタンを埋めて、これ以上神経を圧迫をしない手術をして現状維持になります。
我慢強かった母は、発病から10年手術を避けて動かなくなりつつある身体と激痛に耐えながら、父を支えていました。
この病気は、介護保険適用の難病に分類されており、この病気が判明してからすぐに介護保険が適用されています。
そのため、今まで私が行っていた炊事、洗濯、掃除をしてくれるサービスが受けられるようになり、助かりました。
60代前に受けられたことは、本当に助かったことを今でも覚えています。
父は、72歳までトラックドライバーを務めたのちに退職をしました。
2019年に冠静脈が数か所詰まっていることがわかり、数回のカテーテル手術を行いました。
その後経過は良好なれど、介護が今後必要となる可能性が出てきました。
その父をどのように別居させるか頭を悩ましましたが、20年以上前から週末農業のために格安で購入した一軒家に住んでもらうようにしました。
そのため、今まで父は、家事などを全て他人任せにしてきましたが、少しのなら炊事洗濯が出来たため、なるべく自炊をしてもらうことを昨年から少しずつ行ってもらいました。
栄養が偏るといけないので、宅食を週に1回配達してもらう手配をしました。
安否確認のために、毎日電話をして確認をする郵便局のサービスの手配もしました。
一人暮らしの準備が整ったところで、父に住所を移してもらって無事介護のための別居をする事が出来ました。
結論から言うとありませんでした。
親の面倒は子が観るのが当たり前という考えより、皆が幸せになるためにはどうしたらよいか?
その一点においてのみを考えたからです。
仕事柄、同居又は近くに住んで、親の面倒を観て仕事辞めたり、結婚をあきらめて共倒れになった家をいくつも見てきました。
考えを変えてともに幸せに生きる方法を考えましたが、受け入れてもらえませんでした。
その多くが、親の面倒を観るのが当たり前、親からどうしても面倒を観てほしいと言われて・・・。
という考え方で動いていました。
しかし、経済的な面や子供の将来を考えたとき、子供が仕事を辞めて結婚をあきらめて介護に入る事が幸せにつながるのでしょうか?
結果的に家の繁栄を閉ざしてしまう決断をしてしまっているのではないでしょうか?
もう一つは、万が一お金がロストして生活が立ち行かなくなったとき、一人暮らしならそれぞれ生活保護を受ける事が出来るからです。
生活保護では、介護保険を受ける事が出来るので、必要に応じた適切な介護を受けることできます。
なので、成功モデルを作りたいと思っていたからです。
・今の介護保険制度では、今まで使えたサービスが減り同居している家族の負担が増える。
・家族の負担が増える事で、家族の仕事や私生活に影響が出て本来つかめる幸せが逃げていく。
・ローンの無い家又は生活保護保障内の賃貸物件ならたと生活が出来なくなるまで家計が圧迫しても生活保護度を使えることができるので、今後の介護保証を心配しなくてよくなる。
今後、どのようにしたら、今の社会で幸せに生きていけるかを書いていこうと思います。
あわせて、今回書いた内容も詳しく書いていこうと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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